加藤和彦
「天国よいとこ一度はおいで」って、
加藤さんほんとうに行ってしまいましたね。。。
『フォーククルセダーズ』といえば、この曲を思い出します。
小学3年か4年でしたね。
ずっと『はしだのりひこ』が歌っているものと思っていましたが、
やっぱり加藤さんだったんですね。
スピードを落とすとよくわかります。
っていうより、曲が作られた当時は『はしだのりひこ』はまだ『フォーククルセダーズ』に加入していません。
最後の『いっつ・びーな・はーでぃずないと』が洒落ています。
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「天国よいとこ一度はおいで」って、
加藤さんほんとうに行ってしまいましたね。。。
『フォーククルセダーズ』といえば、この曲を思い出します。
小学3年か4年でしたね。
ずっと『はしだのりひこ』が歌っているものと思っていましたが、
やっぱり加藤さんだったんですね。
スピードを落とすとよくわかります。
っていうより、曲が作られた当時は『はしだのりひこ』はまだ『フォーククルセダーズ』に加入していません。
最後の『いっつ・びーな・はーでぃずないと』が洒落ています。
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久しぶりに『原田真二』をTVで見ました。
名曲『キャンディ』をやっていましたよ。
聞き入ってしまいますよねぇ、思わず。
デビューの頃より、格段にかっこいいです。
曲は、まるで『ミッシェル』のような。。。
いや、きっと『ミッシェル』に違いありません。
忌野清志郎が亡くなりましたね。
何と『RCサクセション』は、1970年のデビューで、あの吉田拓郎と同じなんですよ。
私、恥ずかしながら、ずっと『忌野清志郎』は『古井戸』のメンバーだとばかり思っていました。
チャボこと『仲井戸麗市』がRCに加わることにはなるのですが。。。
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退屈やからって、なにも無理に探すことはなかったのですが、
井上陽水の曲で、
特別な想い出はありませんが、
おもわずコピーしてしまいました。。。
『キー』は、『3カポ』の『Aマイナー』ですね。
『ハンマリング』を多用したイントロのハモリがかっこいいです。
『Am』から『A7』に行くあたりに、陽水のビートルズ好きが現れています(か?)
それにしても『爪が伸びている、親指が特に。。。』っていう歌詞、すごいですよねぇ。
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『ドン・フェルダー』が脱退した理由がよく分からないのですが。。。
『ドン・ヘンリー』と『グレン・フライ』と『ジョー・ウォルッシュ』がいれば、
何とか『イーグルス』にはなりましょう。
1979年の万博野外コンサートは、昨日のことのように忘れましたが、
2004年の大阪ドームでは、途中の15分休憩が印象的でした?
トランペット・バージョンであったかどうかは覚えていませんが、
やっぱり、『ホテ・カリ』は最高でしたよ!
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イーグルスといえば、結局、この曲に行き着くのですが、
やっぱりすごい曲です。
ツインギターのかけ合いは、今でも、鳥肌が立ちますよ。
『ジョー・ウォルシュ』と『ドン・フェルダー』
笑いながら弾いてますよねぇ、
これが憧れだったのですよ、当時は。。。
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久々に聴きました。
憂歌団は、
レコードやCDより
ライブのほうが迫力あって良いですよね!
内田勘太郎、
やっぱりギター巧いっすよねぇ。
木村の狂気が最高です。
ほんとはシャイなおっさんなんです。。。
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ビリー・ジョエルといえば、『ストレンジャー』で一躍メジャーになりましたよね。
あの印象的な『口笛』ではじまる曲です。
私はこの『オネスティー』が好きですがね。
半音下がりのイントロがかっこよくてピアノも練習したことがありますが、今では弾くことができません。。。
アルコール依存症やうつ病、交通事故といろいろあったようですが、最近になってまた活躍していますね。
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『チャゲ&飛鳥』って解散することに決まったんですか?
う~ん残念です。
しかし解散コンサートとかやらないところがまたいいですよねぇ。
『万里の河』は、よくわからないですが、何だか中国の壮大さみたいなのを曲に感じましたね。
30年間を通して、飛鳥の曲によるものが大半でしたが、チャゲのコーラスなくしては『チャゲ飛鳥』は持続できなかったと思うのです。
『Say-Yes』はオダギリジョーとよくカラオケした曲です。
『ひとり咲き』や『男と女』なんかも好きですね。
『モーニングムーン』のチャゲのコーラスは『完全』です!
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『ウィ・ウィル・ロック・ユー』~『ウィ・ア・ザ・チャンピオン』のメドレー。
フレディー・マーキュリーのボーカル、天才的ですよね。
4オクターブの音域を駆使して、オペラロックを歌い上げます。
45歳の若さで亡くなりました。
HIV(エイズ)の合併症が死因です。
亡くなる前日に自分が『ゲイ』であることを告白しました。。。
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『告知せず』っていう渡哲也のドラマ見ました?
もしも大切な人がガンだとわかったら。。。
あなたは、その事実を本人に告げますか。
重いテーマです。
高畑淳子の息を引き取るシーンがリアルでした。
ザ・スパイダースの『いつまでもどこまでも』がいい感じで挿入されていました。。。
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この曲も好きでした。
チョコレートのコマーシャルソングになった『落葉の物語』とか、
『君だけに愛を』とかも好きでしたね。
ところで『ジュリー』って、『ジュリーアンドリュース』にちなんで付けたそうですが、どうしてなんでしょうかねぇ?
女優ですよね。。。
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若い頃のジュリーです。
なんか、ほんと綺麗ですね。
小学生のころ、お兄ちゃんのレコードを何度も聴きました。
今や、名バイプレイヤーの『岸辺一徳』さんと、
『加橋かつみ』と、
その向こうは、『森本太郎』でしょうか、
それとも自己破産の『岸辺四郎』でしょうか。。。
しかし、ジュリーはどうして最近歌わないのでしょうか。。。
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『ザッツ宴会テイメント』
やってましたね。
生バンドっていうのが良いですね。。。
なつかしく観たのですが、
『スパイダース』のライブを見逃してしまったことだけが悔やまれます。
堺正章と井上順の絡みは衰えていなかったのでしょうか?
最後に『サティスファクション』が聞けて良かったです。
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『高石ともや』は、66年に「かごの鳥ブルース」でレコード・デビューです。
67年に高石音楽事務所を設立、岡林信康、高田渡、五つの赤い風船など多くのミュージシャンが所属して日本のフォーク界をリードしました。
この『受験生ブルース』は、68年の大ヒットで、当時の受験戦争を皮肉った感じが受けました。
本当は、反戦歌などにも熱心で『活動家』的な志向でしたから、『商業的』な成功に悩んでしまいます。
悩んだ挙句、渡米してしまいましたが、
70年代以降は、『ザ・ナターシャ・セブン』で活躍しました。
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『フォークの神様』です。
ホントなら、『友よ』とか『山谷ブルース』、『私たちの望むものは』っていうところなんですが、久し振りに聴いても、やっぱりメ社会派すぎてそうとう厳しいので、この曲にしました。
「今日の仕事はつらかった。あとは、焼酎をあおるだけ・・」ですからね。
当時は、兄貴のレコードを聴いて、意味も分からず大人の気分になりました。。。
たしか、中学校の文化祭で、吉津君と岡野君で『手紙』を演ったと思うのですが、いまいち記憶が鮮明ではありません。
「私の好きなみつるさんが~」のところのAからEへ上がっていくベースラインを吉津君に何度も教えたような記憶だけがあります。
この曲は、民放連の『要注意歌謡曲』で、絶対に放送しないという一番厳しいAランク指定の「放送禁止」曲になりました。
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なんて、かっこいい『おじさん』なんでしょう。
あこがれますね。
『宇野重吉』の息子です。
1964年にフォーク・グループ「ザ・サベージ」を結成しベースギターを担当していましたが、すぐに脱退してしまいます。
その後、石原プロモーション製作のアクションドラマで活躍し、1980年頃からは、『ルビーの指環』、『シャドー・シティー』などミュージシャンとしての絶頂期を迎えました。
1980年後半から黒澤明の映画に立て続けに出演し、以後は俳優として円熟した演技を見せています。
2005『半落ち』が良かったですね。
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1981年にリリースしましたが、火がついたのは2年後でした。
当時、仕事を辞め次の就職先を探していた頃でしたから、とりわけ印象に残っています。
アルバムは、何度も繰り返し聴きました。。。
毎日、図書館に通いながら。
それにしても、イントロの『ディレイ』、何かおかしくないです?
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そういえば、最近カラオケというものに行かなくなりました。
カラオケが衰退しているという話は聞いていませんが。。。
ということは、おれ誘われてないってこと?
むかし歌いすぎたから?
それとも、じじい?
いやいや、大人の会話を楽めるようになったからです。
『ルネッサ~ンス!』その2
昔、nabekazuさんとよく歌ったカラオケ曲です。
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柳ジョージ&レイニーウッドの曲です。
赤いキャンディ包んでくれたのは 古いNewspaper
白いペンキ何度も塗り返す夏の風の中で
今ごろ故郷のテネシーあたり 借り入れ時さえカタコト交じりで
バルコニーから覗くあんたはブロンドさえも色あせていた
派手な化粧振りまくオーデコロン自慢の胸のペンダント
俺の髪をなでまわしながらあけて見せた写真
もう一度船に乗る夢ばかり風邪をひいた日にうわ言のように
好きなブルースかけた夜はきまって夜明けにすすり泣いてた
after midnight 哀しみは 永遠の眠りについたかい
after midnight 哀しみは 海を渡って行ったかい
沖を通る貨物船ながめ テネシーワルツ歌おう
うまいもんさ あんたに教わった ちょっといかしたステップ
ほめてくれよ しゃがれた声で 芝生の下で眠っていずに
ほめてくれよ Blue Eyes 細めて 芝生の下で眠っていずに
YOKOHAMAっていうか、『憧れのアメリカ』っていう感じの歌詞が大好きでした。
レイニー・ウッドのハイボイスも、渋いボーカルと対照的でかっこよかったですね。。。
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当時、このかっこいいツインギターをアレンジしたのは誰だったのでしょうか。
大人っぽくて好きな曲でした。
「人は自由だ~!」っていうような曲なんでしょうか。
田舎者の中学生には難しかったですね。。。
うちのバンドのボーカルに長男が生まれたとの知らせが、今日、入りました。
「ジョン・ノレン」2世誕生、おめでとう!
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N.S.P.(ニュー・サディスティック・ピンク)といえば、中学生のとき、コンサートに行きましたね。
汽車に乗って。。。
この「夕暮れ時はさびしそう」は1974年のヒットでして、チューリップの「心の旅」(1973)の発売と時期が重なっていて、どちらのコンサートを先に見たのかは思い出せません。
この曲、何度も何度も練習しましたねぇ。
スリーフィンガーの繰り返しコードで、ギター初心者にはもってこいの曲でした。
当時には珍しく、軟弱おとこの恋のお話っていう歌詞でしたが、結構、情けなさ加減が共感できるような気がして好きでした。。。
今は亡き「天野滋」の甘ったるい声が好きでしたし、イントロの「オカリナ」を吹きたくて、楽器屋で買いましたもんね。
NSPのコンサートは、前座が「金玉」(こんぎょく)という異色の男性デュオでした。
あまりのインパクトの強さに、NSPの記憶がほとんどないほどです。
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きのう、「チューリップ」の特集していましたね。
個人的には、「僕がつくった愛のうた」っていう、今、車か何かのCMで流れている曲が№1なのですが、
「心の旅」のヒットがチューリップのすべての始まりになっています。
生まれて初めて見たプロのバンドというのが「チューリップ」でした。
たしか中学生の時、NHK-FMの企画で開催されたと思います。。。
町立文化会館でのライブでしたが、田舎者の若者達は、その迫力に圧倒されたものでした。
「心の旅」はもちろんのこと、デビュー曲である「魔法の黄色い靴」もインパクトがありました。
当時は、財津さんより、姫野くんが好きで、キーは「F」では弾けず「C」に転調したのでしたよ。そうでした!
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フォークギターを始めたきっかけは、中村君だ。
彼の親父さん、町の議員さんで、お金持ちのボンボン。。。
彼の家には、音楽部屋というものがあって、ステレオセットは勿論のこと、生まれて初めて見たピアノ、フォーギターにガットギター、おまけにタンバリンやマスカラ、いやいやマラカスまで置いてましたよ。
まさに、青天の霹靂。。。
その日を境に、フォークギターにのめり込んでいったのでした。
最初に教えてもらった曲が、たしか、
「ある雨の日の情景」 でした。
3コードであるというのが理由だったと思うのです。
曲自体けっこう難しいことやってますよね。イントロとか、ベースの運指とか。。。
イントロが弾けるようになったのは、随分たってからですね。
最後のAm6っていうコードが、おしゃれでしたね。
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悲しいだろうみんな同じさ
同じ夜をむかえてる
風の中を一人歩けば
枯葉が肩でささやくヨ
どうしてだろうこのむなしさは
誰かに逢えばしずまるかい
こうして空を見あげていると
生きてることさえむなしいヨ
これが自由というものかしら
自由になると淋しいのかい
やっと一人になれたからって
涙が出たんじゃ困るのサ
やっぱり僕は人にもまれて
皆の中で生きるのサ
人の心は暖かいのサ
明日はもう一度ふれたいな
一人ごとです気にとめないで
ときにはこんなに思うけど
明日になるといつもの様に
心を閉ざしている僕サ
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シルキーホールのライブでやった曲です。
MSSLの十八番(おはこ)でもありました。
中期からは、全曲、コンピューターの打ち込みでしたね。
そのためキーボードやパーカッションの音は、
相当なぶ厚さでしたよ。。。
KAZU氏なんて、かわいそうにヘッドホンつけてドラム叩いてましたから。
打ち込みに労力を費やしすぎたせいか、
あの頃、ギターを真剣に練習したっていう記憶がありません。。。。
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スターダストレビューの”夢伝説”
20年近く前に、バンドでやりましたね。
あらためてコーラスを聴いて、
よくやってたなって思います。
初期の頃、シーケンサーなんかも使ってなくて、
ほんと、コーラスは真剣でしたよね。
飲み屋の帰り道、皆でハモったことを思い出します。
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